後楽園の池の景色と、遠くに見える黒い岡山城の天守

都市ガイド · 岡山 Okayama

岡山

岡山県の城下町。烏城と後楽園、瀬戸内への玄関口

写真:Fjkelfeimvvn · CC BY 3.0

岡山は岡山県の県庁所在地で、山陽新幹線の重要な拠点でもあります。岡山県は「晴れの国」と呼ばれ、一年を通して晴れの日が多く、のんびり散策するのに向いています。黒い岡山城と、川を挟んで向かい合う後楽園がこの街の顔で、城下町の街並みや瀬戸内海の島々も市中心部から遠くありません。 市内では次の場所もおすすめです。岡山県立美術館や岡山市立オリエント美術館などが集まる城下の文化ゾーンは、城や後楽園と合わせて半日の散策にぴったりです。西大寺観音院では毎年2月の第3土曜日に裸祭り「会陽」が行われ、500年以上の歴史があります。

歴史

街の成り立ち

岡山は岡山城の城下町です。1573年に宇喜多直家が石山城に入って改修を始め、1597年に子の宇喜多秀家が岡山城の天守を完成させました。池田綱政は1687年に後楽園の造営に着手し、1700年に完成しました。1889年に市制が施行され、1945年の空襲で天守が焼失した後、戦後に復興しました。1966年には天守が鉄筋コンクリートで再建され、2009年に政令指定都市となりました。

  1. 1573年宇喜多直家が石山城に入り、城の改修と城下町の整備を始めました
  2. 1597年宇喜多秀家が岡山城の天守を完成させました
  3. 1687年池田綱政が後楽園の造営を命じました
  4. 1700年後楽園が完成しました
  5. 1889年岡山市の市制が施行されました
  6. 1945年6月29日岡山が空襲を受け、天守が焼失しました
  7. 1966年岡山城の天守が鉄筋コンクリートで再建されました
  8. 2009年岡山市が政令指定都市となりました

物語

この街の物語

津田永忠と後楽園の造営

史実 · 岡山後楽園と岡山城

後楽園は岡山藩2代藩主池田綱政のやすらぎの場として、家臣の津田永忠が中心となって造営しました。1687年に着工し、1700年におおむね完成しました。当初は「御後園」と呼ばれ、後楽園と改称されたのは1871年のことです。

外堀になった旭川

史実 · 岡山後楽園と岡山城

宇喜多秀家は岡山城の大改修の際、旭川の本流を付け替え、城の北側と東側に沿って流れる天然の外堀としました。この流路はのちに水害の原因ともなり、治水のための百間川の開削につながりました。東岸の後楽園も、庭園でありながら城を守る役割を兼ねることが期待されました。

烏城と白鷺城

史実 · 岡山後楽園と岡山城

岡山城の外壁は黒漆塗りの下見板で覆われており、そこから「烏城」と呼ばれ、「金烏城」の別名もあります。白壁の姫路城「白鷺城」とよく対比されます。

出発前に

岡山で気をつけたいルール

すべてのマナーとタブー →

地域の習慣チップ全国共通の注意点 · 日本

日本ではチップを受け取らない

すべきこと

  • 「ありがとうございました」の一言で感謝を伝える

してはいけないこと

  • 店員に小銭を無理に渡す

日本はチップを受け取らない国で、請求には通常サービス料が含まれています。無理に渡しても断る店員もいます。

確認済み 2026-10-19出典:JNTO:日本の食事マナー

文化への配慮日常のマナー全国共通の注意点 · 日本

玄関を見たら靴を脱ぐ

すべきこと

  • 住宅、一部の飲食店、寺院、温泉施設では入口で靴を脱ぐ
  • 迷ったら入口に靴箱やスリッパがあるか見る

してはいけないこと

  • 靴のまま畳や室内の板の間に上がる

非常に失礼とみなされます。

確認済み 2026-10-19出典:JNTO:日本のマナーガイド

文化への配慮公共交通全国共通の注意点 · 日本

電車や新幹線では通話せず、並んで乗車する

すべきこと

  • スマートフォンはマナーモードに。新幹線で通話が必要ならデッキへ
  • ホームの表示に従ってドアの両側に並び、降りる人が先
  • 優先席はお年寄り、妊婦、体の不自由な人に譲る

してはいけないこと

  • 車内で通話したり、音を出したりする

違法ではありませんが、冷たい目で見られたり、乗務員に注意されたりします。

確認済み 2026-10-19出典:JNTO:日本のマナーガイド

出典