
エヴォラ
埃武拉 · ポルトガル・エヴォラ
アレンテージョ平原の古都で、よく保存された旧市街にローマ神殿、大聖堂、サン・フランシスコ教会の人骨礼拝堂が集まっています。1986年に世界遺産に登録され、ラトビアのリエパーヤとともに2027年の欧州文化首都に選ばれています。
出かける前に · Know before you go
- 人骨や壁に触れないこと
- 礼拝堂内でふざけたり、おどけたポーズで撮影したりしないこと
- 宗教儀式の最中に歩き回らないこと
この記事は「未確認」です。料金・営業時間・日程は公式の発表をご確認ください。
物語と人物
物語と人物
史実
宮廷と王家の婚礼
15世紀、ポルトガルの宮廷はしばしばエヴォラに長く滞在し、町では王家の婚礼が数多く行われました。内陸のこの町は、一時期、王国の政治の重要な舞台となっていたのです。
出典:ウィキペディア:エヴォラ
史実
イチイの町
「エヴォラ」という名は、イチイの木を表すケルト語に由来し、「イチイの地」といった意味だとする説があります。イングランドのヨークの古名も同じ語源と考えられています。
出典:ウィキペディア:エヴォラ
史実
「ここにある我らの骨は、汝らの骨を待つ」
人骨礼拝堂はフランシスコ会の修道士たちによって完成され、壁はほぼ全面が人骨で覆われています。その数は推定で約5000体分とされています。入口には「ここにある我らの骨は、汝らの骨を待っている」と刻まれ、訪れる人に生と死について考えるよう促しています。
文化
文化と習慣
文化的な背景
エヴォラはポルトガル・アレンテージョ地方の中部、リスボンの東約140キロメートルにあります。旧市街にはローマ神殿、エヴォラ大聖堂、ジラルド広場、そしてサン・フランシスコ教会の入口脇にある人骨礼拝堂があり、歴史地区は1986年に世界遺産に登録されました。 紀元前57年にローマ人がこの地を征服し、ユリウス・カエサルがLiberalitas Juliaと名付けました。715年にはアラブ勢力が町を占領してヤーブラと呼びました。1165年9月、「恐れ知らずのジェラルド」が奇襲で町を奪還しました。15世紀には宮廷がたびたびここに長く滞在しました。1559年にはイエズス会が大学を創設しましたが、1759年にポンバル侯爵によって閉鎖され、1973年に再開されました。
地元の習慣
旧市街を歩いてローマ神殿と大聖堂をご覧ください。人骨礼拝堂は敬意をもって見学し、ジラルド広場のカフェでひと休みするのもよいでしょう。城壁の外からはアレンテージョ平原を見渡せます。
マナーとタブー
マナーとタブー
してはいけないこと DON'T
- 人骨や壁に触れないこと
- 礼拝堂内でふざけたり、おどけたポーズで撮影したりしないこと
- 宗教儀式の最中に歩き回らないこと
地元の人に喜ばれること DO
- 人骨礼拝堂内では静粛に、敬意をもって見学すること
- 撮影は館内の規定に従うこと
- 教会に入るときはふさわしい服装をすること
旅の計画
実用情報
旅のヒント
- 夏はとても暑いので、日焼け止めと飲み水をご用意いただき、昼の屋外での活動はできるだけ避けてください。旧市街は石畳が多いので、歩きやすい靴でお出かけください。各見どころの開館時間は公式発表をご確認ください。春と秋が散策に最適で、夏は暑いものの祭りが多く、冬は温暖です。
- リスボンからは列車かバスで行けます。運行は公式発表をご確認ください。旧市街はこぢんまりしていて、徒歩での散策に向いています。
写真





