
黄金の環
金环古城 · ロシア・ウラジーミル州(スーズダリ)
モスクワの北東に連なる古ルーシの町々で、スーズダリがその代表です。土塁に囲まれたクレムリン、青と金の教会のドーム、修道院や木造建築博物館が、田園と川辺の風景の中に点在しています。
出かける前に · Know before you go
- 礼拝中に撮影したり騒いだりすること
- 聖像の前でフラッシュを使うこと
- 露出の多い服装で教会に入ること
この記事は「未確認」です。料金・営業時間・日程は公式の発表をご確認ください。
物語と人物
物語と人物
史実
「黄金の環」の名の由来
「黄金の環」という名は、モスクワのジャーナリストで美術史家のユーリー・ブィチコフによるものです。1967年11月、彼はモスクワからザゴルスク(現セルギエフ・ポサード)、ペレスラヴリ・ザレスキー、ロストフ、ヤロスラヴリ、コストロマ、イヴァノヴォ、スーズダリ、ウラジーミルを車で巡り、モスクワに戻りました。その後、新聞『ソビエト文化』に「黄金の環」と題し、ルート地図を添えた連載エッセーを発表しました。第1回が掲載された1967年11月21日が、このルートの誕生日とされています。
史実
よみがえった聖母生誕大聖堂
スーズダリのクレムリンにある聖母生誕大聖堂は、ウラジーミル大公ユーリー2世の命で1222年から1225年にかけて建てられました。1445年に崩落し、1528年から1530年に再建されて現在の姿になりました。
文化
文化と習慣
文化的な背景
「黄金の環」はモスクワ北東に連なる古ルーシの町々を巡るテーマルートです。公式の一覧はありませんが、一般にウラジーミル、スーズダリ、イヴァノヴォ、コストロマ、ヤロスラヴリ、ロストフ・ヴェリーキー、ペレスラヴリ・ザレスキー、セルギエフ・ポサードの8都市が中心とされています。中でも最も代表的なのがスーズダリです。町で最も古い部分はスーズダリのクレムリンで、長さ約1.4キロメートルの土塁に囲まれ、モスクワのクレムリンの先駆けとされています。聖母生誕大聖堂のドームは青と金の配色です。救世主聖エウフィミウス修道院は1352年に創建され、れんがの城壁には12の塔が立っています。木造建築博物館には、近くの村から移築された木造教会や丸太造りの農家があります。 スーズダリは1024年にロシアの年代記に初めて登場し、12世紀初めにロストフ・スーズダリ公国の首都となりました。この公国はのちにウラジーミル・スーズダリ公国へと発展し、ロシア国家の形成の中核の一つとなりました。スーズダリはソ連時代に工業化の道をたどらなかったため古い建物が残り、登録された文化財は305件に上ります。1992年、スーズダリのクレムリンと聖エウフィミウス修道院は、ウラジーミルの黄金の門や生神女就寝大聖堂などとともに「ウラジーミルとスーズダリの白い建造物群」として世界遺産に登録されました。
地元の習慣
スーズダリのクレムリンを散策し、聖母生誕大聖堂の青いドームを眺めます。木造建築博物館で木造教会や丸太造りの農家、風車を見学します。ウラジーミルでは黄金の門と生神女就寝大聖堂を訪ねます。
マナーとタブー
マナーとタブー
してはいけないこと DON'T
- 礼拝中に撮影したり騒いだりすること
- 聖像の前でフラッシュを使うこと
- 露出の多い服装で教会に入ること
地元の人に喜ばれること DO
- 現役の正教会の教会では服装を整えること
- 女性はスカーフを用意すること
- 修道院では修道士の指示に従うこと
旅の計画
実用情報
旅のヒント
- 黄金の環の各都市は互いに離れているため、モスクワかウラジーミルを拠点に2日から4日かけて回るのがおすすめです。冬は道路に雪が積もるので、車の運転には十分ご注意ください。お出かけ前に、各国の最新の渡航安全情報とビザの要件をご確認ください。モスクワから列車でウラジーミルへ行き、バスに乗り換えて北へ約26キロメートルのスーズダリへ向かいます。各都市の間は長距離バスやチャーター車で結ばれ、町なかの主な見どころは徒歩で回れます。
- 5月から9月は気候が穏やかで、教会や博物館も最も多く開いています。秋は田園の色彩が豊かです。冬の雪景色はとても美しいですが、日照時間が短く、一部の小さな博物館は開館時間が短くなります。開館時間は公式の発表をご確認ください。
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