
犬山城
犬山城 · 愛知県・犬山市
現存する近世以前の天守12のうちの一つで、天守は国宝です。回廊で天守をぐるりと一周して木曽川と濃尾平野を眺められ、国宝天守5城のうちこれができるのはここだけです。
出かける前に · Know before you go
- 狭い回廊で立ち止まって撮影し通路をふさぐこと
- 急な階段で押し合うこと
この記事は「未確認」です。料金・営業時間・日程は公式の発表をご確認ください。
物語と人物
物語と人物
史実
覆された移築説
犬山城の天守は1599年に金山城から移築されたものだと長く信じられてきました。しかし1961年から1965年にかけての大修理で天守を解体して調べた結果、この説は否定されました。木材の年輪測定では1580年代とされ、天守は現存最古級の一つと考えられていますが、丸岡城も同じ主張をしています。
出典:ウィキペディア:犬山城
史実
日本でただ一つの個人所有の城
1891年の濃尾地震で天守が損傷し、1895年、修理と維持を条件に城は成瀬家に返還されました。こうして犬山城は日本で唯一の個人所有の城となり、2004年に愛知県教育委員会が設立した財団へ移管されるまでその状態が続きました。
出典:ウィキペディア:犬山城
文化
文化と習慣
文化的な背景
犬山城は愛知県犬山市、木曽川南岸の小高い山の上にあり、愛知・岐阜両県の県境となる木曽川を見下ろしています。築城は1537年、織田広親によるもので、文化庁のオンライン目録では天守を1601年としていますが、その後も手が加えられています。天守は小ぶりながら複雑な形をしており、見る角度によって姿が変わります。 1560年の桶狭間の戦いのあと、織田信長のいとこ織田信清が美濃の斎藤氏の支援を受けてこの城に拠り、1564年に信長が奪還しました。犬山城は信長の尾張統一における最後の関門でした。江戸時代には成瀬氏が尾張徳川家の家臣として明治維新まで犬山を治め、1871年には明治政府が天守以外の付属建物をすべて取り壊しました。2018年に国の史跡に指定され、麓の城下町には今も古い町並みが残っています。
地元の習慣
天守に登り、回廊を一周して木曽川と城下町を眺められます。城下町の古い通りを歩き、五平餅や田楽などの地元の味を楽しめます。春は桜、犬山祭の期間にはからくり人形を載せた山車の巡行も見られます。
マナーとタブー
マナーとタブー
してはいけないこと DON'T
- 狭い回廊で立ち止まって撮影し通路をふさぐこと
- 急な階段で押し合うこと
地元の人に喜ばれること DO
- 天守に入る前に靴を脱ぐこと
- 階段では手すりにつかまり足元に注意すること
- 館内では静かにすること
- 各所の撮影ルールに従うこと
旅の計画
実用情報
旅のヒント
- 天守の階段は急ですので、足腰に不安のある方は無理をなさらないでください。週末や紅葉の季節は混み合います。入場料や開館時間は公式発表をご確認ください。城下町の店は昼間の営業が中心ですので、夕方前に回るのがおすすめです。
- 名鉄犬山線の犬山駅から歩いて行けるほか、名鉄の犬山遊園駅からも徒歩で向かえます。名古屋からは約30分です。春の桜と秋の紅葉が最も人気で、冬は観光客が少なく、天守の内部をゆっくり見学できます。
写真



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