鶴岡八幡宮
镰仓鹤冈八幡宫 · 神奈川県・鎌倉市
源氏の守護神であり鎌倉幕府の精神的な中心でもあった、鎌倉で最も重要な神社です。若宮大路と段葛から大石段の上の本宮まで歩くと、途中に源平池や舞殿があります。
出かける前に · Know before you go
- 参道の中央を歩くこと
- 文化財や建物に触れること
- 撮影禁止の場所で写真を撮ること
この記事は「未確認」です。料金・営業時間・日程は公式の発表をご確認ください。
物語と人物
物語と人物
史実
大石段の暗殺
1219年、鎌倉幕府第3代将軍・源実朝は、八幡宮の石段で甥の公暁に暗殺されました。公暁は自ら将軍になろうとしましたが、数時間後に討たれ、これにより源氏の将軍家は途絶えました。
伝説
大銀杏に隠れた刺客
公暁は石段脇の大銀杏の陰に隠れて実朝を襲ったとよく語られます。しかし同時代の文献にはこの木は登場せず、この場面は江戸時代の創作とみられ、徳川光圀が編纂させた『新編鎌倉志』に初めて現れます。
史実
倒れた大銀杏と「親子銀杏」
鎌倉の歴史を見守ってきた大銀杏は、2010年3月10日の早朝、強風で倒れました。現在は元の場所の隣で、根元から芽生えた「子」の木が育っており、「親子銀杏」と呼ばれています。
文化
文化と習慣
文化的な背景
鶴岡八幡宮は神奈川県鎌倉市雪ノ下にある、鎌倉で最も重要な神社です。由比ヶ浜の海辺から神社まで一直線に延びる若宮大路は、源頼朝が京都の朱雀大路にならって造らせたと伝えられています。その中ほどの一段高い参道が段葛で、両側に桜が植えられています。境内には源平池、舞殿、下の若宮、61段の石段を上った本宮があります。源氏池には三つ、平家池には四つの島があり、神社の説明では、それぞれ「産」(繁栄)と「死」(滅亡)を表すとされています。 ご祭神は応神天皇、神功皇后、比売神で、八幡神と総称されます。1063年、源頼義が京都の石清水八幡宮から御分霊を迎え、源氏の氏神として鎌倉の由比ヶ浜(現在の材木座にある由比若宮)にお祀りしました。源頼朝は鎌倉に幕府を開いたのち、神社を現在地に遷しました。遷座の年は、神社の公式サイトでは1180年、英語版ウィキペディアでは1191年とされています。以後、幕府と鎌倉、東国の守護神として崇敬されました。 現在の本宮の社殿は、1828年に徳川幕府第11代将軍・徳川家斉によって再建されたもので、若宮とともに国の重要文化財です。創建から1868年の神仏判然令までのおよそ700年間は仏教寺院でもあり、「鶴岡八幡宮寺」と呼ばれていました。それ以降は神社のみとなっています。
地元の習慣
若宮大路と段葛を歩き、鳥居をくぐって大石段を上り、本宮にお参りします。石段の上からは鎌倉の街を見渡せ、空気の澄んだ日には太平洋も望めます。境内を散策して源平池の春の桜や夏の蓮を眺めるのもおすすめです。毎年9月16日の例大祭では境内の馬場で流鏑馬神事が行われます。そのほかの祭事の日程は公式サイトをご確認ください。
マナーとタブー
マナーとタブー
してはいけないこと DON'T
- 参道の中央を歩くこと
- 文化財や建物に触れること
- 撮影禁止の場所で写真を撮ること
- 境内で大声を出すこと
地元の人に喜ばれること DO
- 鳥居をくぐる際に一礼すること
- 参道は中央を空けて端を歩くこと
- 参拝前に手水舎で手と口を清めること
- 二礼二拍手一礼で参拝すること(現地の案内に従う)
- 境内では静かにすること
旅の計画
実用情報
旅のヒント
- 境内には鎌倉文華館鶴岡ミュージアムや茶寮などの施設があり、倒れた大銀杏の幹の一部はミュージアムのカフェで間近に見ることができます。一部の展示は別料金ですので、現地でご確認ください。段葛の桜の季節や祭事の時期が最もにぎわいますが、一年を通してお参りできます。祭事の日程は公式サイトに掲載されています。
- JR横須賀線で鎌倉駅まで行き、そこから歩いて向かいます。北鎌倉方面から歩いて来ることもできます(運行と料金は公式のお知らせをご確認ください)。

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