
City guide · Cairns
ケアンズ
二つの世界自然遺産への玄関口:グレート・バリア・リーフと湿潤熱帯雨林
ケアンズはクイーンズランド北部の熱帯の小さな町で、東の海に出ればグレート・バリア・リーフ、北にはデインツリーの熱帯雨林、西へは観光列車やロープウェイでキュランダの山村へ上れます。町は小さく、海辺の遊歩道と人工ラグーンのプールが地元の人々の日常です。
History
街の成り立ち
1770年から1870年代初めまで、この一帯はイギリス人から単に「トリニティ湾」と呼ばれていました。1770年、クック船長がオーストラリア東海岸を北上する途中でここを通り、その後グレート・バリア・リーフで座礁しました。1876年、西の高原のホジキンソン金鉱の金を積み出すため、ここに港町が築かれ、当時のクイーンズランド総督ウィリアム・ケアンズにちなんで名づけられました。第二次世界大戦中、連合軍はケアンズを太平洋作戦の集結基地とし、現在の空港は当時の空軍基地です。
- 1770クック船長がトリニティ湾を通り、グレート・バリア・リーフで座礁
- 1876金鉱の金を積み出すためにケアンズが建設される
- 1939–1945連合軍の太平洋作戦の集結基地
- 1981グレート・バリア・リーフが世界遺産に登録
Stories
この街の物語
史実 · グレート・バリア・リーフ
エンデバー号の座礁
1770年5月、クック船長はエンデバー号でオーストラリアの東海岸を北上し、浅くて危険なグレート・バリア・リーフの海域に入りました。6月11日の満潮時に、エンデバー号はサンゴ礁に乗り上げて座礁しました。船員たちが船を浮かぶまで修理した後、クックは今のエンデバー川の河口に砂浜を見つけ、船を浜に引き上げて7週間かけて修理しました。この出来事によって、グレート・バリア・リーフは初めてヨーロッパ人の航海記録に登場しました。
People
ケアンズゆかりの人物
Before you go
ケアンズで気をつけたいルール
オーストラリアのビーチ:赤と黄色の旗の間だけで泳ぐ
- 監視員のいる赤と黄色の旗の間でだけ泳ぐ
- 海の状況が分からなければ監視員に聞く
- 監視員のいないビーチや旗の区域の外で泳ぐ
旗の区域の外には離岸流があることがあり、監視員もすぐには助けに行けません。
ウルル:登山禁止
- ベースウォークを歩き、アナング族の文化を知る
- ウルルに登る
2019年10月26日から登山道は永久に閉鎖されました。登山は連邦の「環境保護・生物多様性保全法」に違反し、処罰の対象となります。
確認済み 2026-10-19出典:ウルル=カタ・ジュタ国立公園:登山禁止
オーストラリア入国:食品、植物、動物製品は申告が必要
- 入国カードで、すべての食品(少量の包装済みのお菓子でも)、植物、動物製品を正直に申告する
- 迷ったら申告する
- 生の果物や野菜、肉類、種子、木製のお土産を申告せずに持ち込む
違反切符を切られることがあります。ビザの取り消しや入国拒否となり、最長3年間再入国できなくなることもあります。
オーストラリア:チップは必須ではない
- サービスが特に良かったときに端数を切り上げたり、少額のチップを置いたりする
- チップを渡さなかったことを気に病む
罰則はありません。オーストラリアの賃金はチップに頼っていません。


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