
都市ガイド · 那覇 Naha
那覇
琉球王国の表玄関、首里城の朱色と国際通りの復興の脈動
那覇は沖縄県の県庁所在地であり、琉球王国500年の政治と外交の玄関口でもあります。王宮のある内陸の高台・首里と、朝貢貿易の港である那覇港・泊港が一体となっています。朱色の首里城正殿は2019年の火災の後、伝統工芸によって再建が進み、戦後に瓦礫の中から生まれた国際通りは「奇跡の1マイル」と呼ばれます。牧志公設市場の海鮮、壺屋の陶器、泡盛の香りは、この南の街の日常です。
歴史
街の成り立ち
14世紀、沖縄島は三山に分かれ、那覇一帯は中山王の海港でした。1429年、尚巴志が三山を統一して琉球王国を建て、首里を王都、那覇を国の玄関とし、明・清との朝貢貿易や日本・東南アジアへの中継貿易で那覇港は帆船で賑わいました。1609年に薩摩藩が侵攻し、琉球は薩摩の支配下に入りながら王国の形を保ち、「両属」という独特の地位を形成しました。1879年、明治政府の「琉球処分」で沖縄県が置かれ、王国は終わりました。1945年の沖縄戦で那覇はほぼ焦土となり、戦後は国際通り一帯で急速に復興し、1972年に沖縄の日本復帰に伴いました。今日の那覇は沖縄の政治・経済・観光の中心です。
- 1429尚巴志が三山を統一し、琉球王国が成立、首里が王都に定まる
- 1609薩摩藩が侵攻し、琉球は薩摩の支配下に入るが、王国と朝貢の体制は保持される
- 1879明治政府が「琉球処分」を実施して沖縄県を設置し、琉球王国が終わる
- 1945沖縄戦、首里城と那覇の市街が戦火で焦土と化す
- 1992首里城正殿などの主要建築の復元が完了し開園
- 2000首里城跡が世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」に登録
- 2019首里城正殿などの建築が火災で焼失し、復元工事が直ちに開始(正殿の再建は2026年の完成が目標、公式発表に準ずる)
物語
この街の物語
琉球王国の王宮と、二度目の再生
史実 · 首里城
1429年から1879年まで、首里城は琉球王国の王宮でした。1945年の沖縄戦でほぼ完全に破壊され、1992年から史料、写真、人々の記憶をもとに元の場所に再建され、2000年に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一部として世界遺産に登録されました。2019年10月31日の早朝、正殿などの主要な建物が再び大火で焼失しました。再建工事は2026年秋にすべて完了する見込みで、竣工式は11月22日に予定されています。
必見
必ず訪ねたい場所
土地の暮らし
食と地元の暮らし
首里城
ぜひ味わいたい
- 沖縄そば
- ゴーヤーチャンプルー
- 島豆腐
沖縄そば(豚骨スープの幅広麺と三枚肉)、ゴーヤーチャンプルー、島豆腐、てびち(豚足)、泡盛(蒸留酒)と小皿料理
| どこで食べる | 首里城周辺の食堂、那覇の国際通り・牧志公設市場(上の階で持ち込みの海産物を調理してくれる) |
|---|---|
| 食事のマナー | 市場での持ち上げ調理は先に調理代を決めておきましょう。泡盛は度数が高いのでゆっくり飲みましょう |
| 1 人あたりの目安 | 1500〜2800円(約68〜126人民元) |
| ヒント | 公設市場の海産物は先に総額(調理代込み)を尋ねましょう。首里城の再建期間中、周辺の食事は地元の食堂が中心です。 |
予算は 2026 年 10 月時点の目安で、正確な価格ではありません。為替の変動が大きい地域は人民元換算のおおよその幅のみ示しています。

Syced · CC0
出発前に
那覇で気をつけたいルール
日本ではチップを受け取らない
すべきこと
- 「ありがとうございました」の一言で感謝を伝える
してはいけないこと
- 店員に小銭を無理に渡す
日本はチップを受け取らない国で、請求には通常サービス料が含まれています。無理に渡しても断る店員もいます。
確認済み 2026-10-19出典:JNTO:日本の食事マナー
玄関を見たら靴を脱ぐ
すべきこと
- 住宅、一部の飲食店、寺院、温泉施設では入口で靴を脱ぐ
- 迷ったら入口に靴箱やスリッパがあるか見る
してはいけないこと
- 靴のまま畳や室内の板の間に上がる
非常に失礼とみなされます。
確認済み 2026-10-19出典:JNTO:日本のマナーガイド
電車や新幹線では通話せず、並んで乗車する
すべきこと
- スマートフォンはマナーモードに。新幹線で通話が必要ならデッキへ
- ホームの表示に従ってドアの両側に並び、降りる人が先
- 優先席はお年寄り、妊婦、体の不自由な人に譲る
してはいけないこと
- 車内で通話したり、音を出したりする
違法ではありませんが、冷たい目で見られたり、乗務員に注意されたりします。
確認済み 2026-10-19出典:JNTO:日本のマナーガイド

