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新世界と通天閣
新世界与通天阁 · 大阪府・大阪市浪速区
新世界は1912年に生まれたレトロな下町の歓楽街で、串カツや土手焼き、通りを埋めるネオン看板に大阪らしさがあふれています。通天閣は街のシンボルである展望塔で、主展望台は約91メートル、5階には福の神ビリケンがまつられています。
出かける前に · Know before you go
- かじった串カツを共用のソースにもう一度つけること
- 夜に見知らぬ人について店に入ること
- ビリケンの前に長く居座ること
この記事は「未確認」です。料金・営業時間・日程は公式の発表をご確認ください。
物語と人物
物語と人物
史実
初代通天閣とルナパーク
初代通天閣は1912年に建てられ、エッフェル塔と凱旋門をあわせたような姿で、隣の遊園地ルナパークとはロープウェイで結ばれていました。高さ64メートルで、完成当時はアジアで2番目に高い建造物となり、たちまち大阪屈指の人気スポットになりました。1943年の火災で大きな被害を受けた塔は修理されず、解体されて鋼材が戦時の物資に回されました。
史実
行方不明から戻った福の神ビリケン
ビリケンは1910年ごろに日本に伝わったアメリカの幸運の人形で、ルナパークの開園とともに園内にまつられました。1923年に遊園地が閉園すると、木像は行方がわからなくなりました。1979年、通天閣を盛り上げる取り組みの一環として古い写真をもとに複製が作られて塔内に安置され、毎年何千人もの観光客が賽銭箱に硬貨を入れ、足の裏をなでて願いをかけています。
出典:ウィキペディア:通天閣
文化
文化と習慣
文化的な背景
新世界は大阪市浪速区恵美須東一帯にあり、天王寺公園のすぐそばです。もとは今宮村の田畑でしたが、1903年にここで開かれた内国勧業博覧会が大成功を収めたことから、会場跡を娯楽の場に改めることになりました。市内の富裕な実業家の出資で開発され、1912年7月に正式に「新世界」と名づけられました。 いまの通天閣はこの地の二代目の塔で、「塔博士」と呼ばれた内藤多仲が設計し、八角形の塔は1956年に完成しました。塔の高さは約103メートル(塔頂の避雷針を含めると約108メートル)、主展望台は約91メートルです。塔のLED照明は2か月ごとに色の組み合わせが変わり、塔頂の天気予報の灯りは色の組み合わせで翌日の天気を知らせます。 戦後の新世界は一時さびれましたが、1990年代から小説や漫画、映画を通じて再び注目を集めるようになりました。商店街やアーケード、パチンコ店、色とりどりの看板が昭和レトロの雰囲気を醸し出し、串カツや土手焼き(牛すじをみりんや味噌で煮込んだ料理)を味わうのにもぴったりの場所です。
地元の習慣
通天閣の展望台に上って大阪の街並みを眺め、ビリケンの足の裏をなでて幸運を祈れます。ジャンジャン横丁では串カツや土手焼きを味わえます。日が暮れたらネオン看板と通天閣の灯りを楽しみ、隣の天王寺公園にも立ち寄れます。
マナーとタブー
マナーとタブー
してはいけないこと DON'T
- かじった串カツを共用のソースにもう一度つけること
- 夜に見知らぬ人について店に入ること
- ビリケンの前に長く居座ること
地元の人に喜ばれること DO
- 串カツのソースは最初のひと口の前だけにつけること
- ビリケンの足の裏は軽くなでたら次の人に譲ること
- 展望台での撮影は館内のルールに従うこと
旅の計画
実用情報
旅のヒント
- 通天閣展望台の料金は公式発表をご確認ください。週末や夜は混み合いますので、時間をずらすのがおすすめです。新世界の店は午後から深夜まで営業するところが多く、午前中はまだ開いていない店もあります。夕暮れ以降、通天閣と店の看板に灯りがともる時間帯がいちばん雰囲気があります。
- 大阪メトロ堺筋線の恵美須町駅から徒歩約3分、御堂筋線の動物園前駅やJR・南海の新今宮駅から徒歩約10分です。一年中楽しめ、春の桜の季節には塔がピンク色に照らされます。
写真

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