室町時代 · 1432–1486

太田道灌

太田道灌 · 日本

江戸城を築いた武将・歌人

本名は太田資長で、関東管領上杉家の家臣であり、武将・歌人・僧侶でもありました。1457年、主君の扇谷上杉家のために江戸に城を築き、城壁と堀の工事を始め、翌年出家して「道灌」と号しました。江戸の城下町の礎を築いた人物とされています。この城はのちに徳川幕府の本拠となり、今は皇居になっています。1486年、主君の館で暗殺されました。

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ゆかりの地を訪ねる

史実 · 皇居東御苑(江戸城跡)

太田道灌の城、徳川家康の天下

1457年、関東管領上杉家の家臣・太田道灌は江戸に城を築き、堀を掘り、城壁を築きました。翌年には出家して「道灌」と号しました。彼は江戸の城下町の礎を築いた人物とされていますが、1486年に主君に暗殺されました。100年余り後の1590年、豊臣秀吉は小田原を攻め落として関八州を徳川家康に与え、家康はすでに荒れていたこの城を拠点にしました。1603年に江戸幕府を開くと、江戸はそれ以来日本の政治の中心となり、1868年の明治維新の後に城は皇居となりました。

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