19世紀 · 1837–1885
葉亜来(ヤップ・アーロイ)
葉亞來 Yap Ah Loy · マレーシア
クアラルンプールの3代目華人カピタン、「クアラルンプールの父」
広東の貧しい村に生まれ、19歳でマレー半島に渡り、鉱夫や行商をしていました。クアラルンプールの3代目華人カピタンとして、華人社会の指導者であると同時にマレー人の支配者との連絡役も担いました。セランゴール内戦でクアラルンプールがほぼ破壊され、鉱山も水没すると、町の再建と錫鉱業の復興に取り組み、現在のブリックフィールズにれんが工場も開きました。今もクアラルンプールのチャイナタウンには彼の名を冠したヤップ・アーロイ通りがあります。
Where the story happened
ゆかりの地を訪ねる
史実 · ペトロナス・ツインタワー
葉亜来とぬかるんだ合流点
クアラルンプールはマレー語で「泥の河口」という意味で、町は1857年ごろ、ゴンバック川とクラン川の合流点にできたすずの鉱山の小さな町から始まりました。広東出身の葉亜来は19歳でマレー半島に渡って鉱夫となり、のちにクアラルンプールの3代目の華人カピタンになりました。セランゴール内戦で小さな町はほぼ壊滅し、鉱山は水没し、その後も火事、洪水、病気に繰り返し見舞われ、1881年には大火のすぐ後に洪水が続きました。葉亜来は先頭に立って町を再建し、すず鉱山を復活させ、れんが工場も開きました。今日ツインタワーの下に広がるこの首都は、あの泥の河口から育ったのです。

