
都市ガイド · Helsinki / Helsingfors
ヘルシンキ
元老院広場からスオメンリンナへ、ヘルシンキが海の首都となった歩みをたどる
滞在は2〜3日がおすすめです。元老院広場と大聖堂、デザイン地区、アテネウム美術館、オーディ中央図書館、スオメンリンナが市内の主なルートになります。スオメンリンナはヘルシンキ市内の島しょ地区にあり、フェリーで渡りますが、郊外への日帰り旅行ではありません。 市内ではほかに、テンペリアウキオ教会、デザイン地区、アテネウム美術館、オーディ中央図書館も訪れる価値があります。
歴史
街の成り立ち
ヘルシンキは1550年、スウェーデン王グスタフ・ヴァーサによってヴァンター川の河口に創設され、1640年に市の中心が現在の半島へ移されました。1748年には海上要塞の建設が始まり、バルト海の防衛が都市に深い影響を与えてきたことを物語っています。1809年にフィンランドがロシア帝国に組み込まれると、1812年にヘルシンキはフィンランド大公国の首都となり、新古典主義の公共建築と元老院広場が今日の中心部の姿を形づくりました。1852年に現在の大聖堂が完成し、1917年のフィンランド独立後も国の首都であり続けています。20世紀の市街地拡大、1952年のオリンピック、公共交通の整備が、都市に現代の層を加えました。見学の際は、マーケット広場、海上要塞、オーディなどの現代の公共空間を一本の時間軸に並べると、ヘルシンキが港の集落から開かれたバルト海の首都へと変わっていった過程がよくわかります。
- 1550年スウェーデン王室がヘルシンキを創設。
- 1640年市の中心が現在地へ移転。
- 1748年スオメンリンナ海上要塞の建設開始。
- 1809年フィンランドがロシア帝国に編入。
- 1812年ヘルシンキがフィンランド大公国の首都に。
- 1852年大聖堂が完成。
- 1917年フィンランド独立。
- 1952年ヘルシンキで夏季オリンピック開催。
物語
この街の物語
二十年以上にわたる工事
史実 · ヘルシンキ大聖堂
教会は1830年に着工し、1852年2月15日に正式に献堂されました。設計者エンゲルは完成を見ることなく世を去り、ロールマンが工事を引き継いで、サンクトペテルブルクの例にならった四つの小ドームを加えました。
屋根の上の十二使徒
史実 · ヘルシンキ大聖堂
1849年、ロールマンは屋根の縁に沿って、等身大を超える十二使徒の亜鉛像を据えました。広場の遠くからも見え、建物の外観を特徴づける重要な要素となっています。
名称の移り変わり
史実 · ヘルシンキ大聖堂
教会は当初、皇帝ニコライ1世にちなんで聖ニコライ教会と呼ばれ、この名は1917年のフィンランド独立まで使われました。1959年にヘルシンキ教区が設立された際、現在のヘルシンキ大聖堂という名になりました。
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The Nordics · 海上要塞/世界遺産
スオメンリンナ(ヘルシンキ)
6つの島に築かれた18世紀の海上要塞には約800人の住民が世界遺産の中で暮らしながら通勤している——ヘルシンキの人々の夏の芝生も冬の雪原も、要塞の壁の下にある。
地域ガイドを見る ↗資料の手がかり: スオメンリンナ管理局公式、UNESCOスオメンリンナ(1991年)。
写真の出典 · Ввласенко · CC BY-SA 3.0
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