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妻籠宿と馬籠宿
妻笼宿与马笼宿 · 長野県・南木曽町(妻籠宿)、岐阜県・中津川市(馬籠宿)
中山道木曽路で隣り合う江戸時代の二つの宿場で、長野・岐阜の両県にまたがっています。両宿を結ぶ約8キロメートルの古道は、中山道で最もよく保存された区間といわれています。
出かける前に · Know before you go
- 無断で私宅に入ること
- 大声で騒ぐこと
- 住宅の戸口や窓にカメラを向けること
この記事は「未確認」です。料金・営業時間・日程は公式の発表をご確認ください。
物語と人物
物語と人物
史実
妻籠宿の「売らない・貸さない・壊さない」
1968年から妻籠宿の住民は自ら古い家屋の修復を始め、1971年までに約20棟を修復しました。住民たちはさらに、妻籠の家は「売らない・貸さない・壊さない」と申し合わせました。1976年、妻籠宿は国の伝統的建造物群保存地区に選ばれました。
出典:ウィキペディア:妻籠宿
史実
島崎藤村と『夜明け前』
作家の島崎藤村は馬籠宿で生まれ、この地に眠っています。町には藤村記念館があります。長編小説『夜明け前』は1929年から1935年にかけて『中央公論』に連載され、木曽谷の馬籠宿を舞台に、藤村の父・島崎正樹をモデルとする青山半蔵を主人公としています。冒頭の「木曾路はすべて山の中である」はよく知られています。小説の筋は文学的な創作ですので、宿場の史実として受け取らないようご注意ください。
文化
文化と習慣
文化的な背景
妻籠宿と馬籠宿は長野・岐阜の両県にまたがっています。妻籠宿は長野県木曽郡南木曽町、馬籠宿は岐阜県中津川市にあります。どちらも中山道木曽路で隣り合う宿場で、両宿の間は国の史跡に指定された林の中の古道で結ばれています。 中山道は江戸時代に江戸と京都を結んだ二つの幹線の一つです。海沿いの東海道とは違い、内陸の山あいを通り、全長は約534キロメートル(資料によって数字に多少の差があります)、沿道には69の宿場が置かれました。木曽路の11宿は中山道に組み込まれ、贄川宿から馬籠宿まで続きます。妻籠宿は中山道の42番目、馬籠宿は43番目の宿場です。 妻籠宿は1976年、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。本陣は失われていましたが1995年に復元され、脇本陣の奥谷は当時からの建物で、2001年に重要文化財に指定されました。南木曽町博物館では地域の歴史や町並み保存について紹介しています。 馬籠宿の町並みは、旧中山道に沿って坂の下から上へと山の斜面を上っていきます。1895年と1915年の二度の大火で多くの古い家屋が焼失しましたが、近年、江戸時代の宿場の姿に復元され、今では人気の観光地になっています。
地元の習慣
馬籠宿から妻籠宿まで歩くのがおすすめです。全長は約8キロメートルで、多くの人は2~3時間で歩き終えます。途中で馬籠峠を越え、林の中の滝を通り、ほぼ中間地点にある立場茶屋でひと休みできます。妻籠宿では本陣・脇本陣と南木曽町博物館を、馬籠宿では島崎藤村の生家跡に建つ藤村記念館を見学できます。
マナーとタブー
マナーとタブー
してはいけないこと DON'T
- 無断で私宅に入ること
- 大声で騒ぐこと
- 住宅の戸口や窓にカメラを向けること
地元の人に喜ばれること DO
- 保存地区の民家には今も人が住んでいるため、声を抑えること
- 住民の暮らしを撮らないようにすること
- 滑りにくい靴を履くこと
- 山林区間では熊鈴を持つこと
旅の計画
実用情報
旅のヒント
- 多くの人は馬籠宿から妻籠宿へ向かって歩き、こちらは下りが中心です。逆方向は上りが多く、向かってくる人の流れともすれ違うことになります。遊歩道には土の道や石段があり、雨の日は滑りやすく、冬は凍結することもありますので、登山靴をお履きください。途中で補給できる場所は少ないため、飲み水と食料を十分にお持ちください。馬籠の観光案内所では荷物の配送を受け付けており、熊鈴も販売しています。熊に出会う可能性は高くありませんが、山林区間では持っておくと安心です。
- 馬籠宿へはJR中央本線の中津川駅からバスで向かいます。妻籠宿の最寄り駅は同じく中央本線の南木曽駅です。両宿の間にはバスが運行しており、歩き終えたらバスで戻れます。帰りのバスは本数が少ないので、最終便を事前に確認してください。具体的な時刻は公式・駅の案内でご確認ください。四季を通じて訪れることができ、春の桜と秋の紅葉が特におすすめです。冬の木曽谷は寒く雪も多いため、路面と日照時間にご注意ください。
写真
写真
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Savannah Rivka · CC BY-SA 4.0
そらみみ · CC BY-SA 3.0

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