
黄鶴楼
黄鹤楼 · 中国・湖北省武漢市武昌区
武漢の象徴で、江南三大名楼の一つです。楼に登れば長江と武漢三鎮を一望でき、唐詩によってその名が広く知られています。
出かける前に · Know before you go
- 大声で騒がないこと
- 手すりにもたれないこと
- 展示品や壁画に触れないこと
この記事は「未確認」です。料金・営業時間・日程は公式の発表をご確認ください。
物語と人物
物語と人物
史実
崔顥と李白の黄鶴楼の詩
唐の崔顥の「黄鶴楼」と、李白が孟浩然を見送った詩は、いずれも後世に伝わる名作で、黄鶴楼の文化的な地位を築きました。孫権が223年に楼を建てたという説は、のちに編まれた『元和郡県図志』によるもので、同時代の確かな証拠ではありません。
出典:ウィキペディア:黄鶴楼
伝説
鶴に乗った仙人
仙人の王子安が黄鶴に乗って蛇山から飛び去り、人々が彼をしのんで楼を建てたと伝えられています。また、費禕が仙人となって黄鶴に乗り、たびたび蛇山で休んだという伝説もあります。二つの話は、それぞれ『南斉書』州郡志と『太平寰宇記』に見えます。
出典:ウィキペディア:黄鶴楼
文化
文化と習慣
文化的な背景
黄鶴楼は武昌の蛇山西端にある黄鶴楼公園内にあり、武漢長江大橋の武昌側のたもとに近い場所です。建楼から約600年後に編まれた『元和郡県図志』によれば、東呉の孫権が223年に夏口城を築いたのち、城の西の黄鶴磯に楼を建てたことがその名の由来とされています。当初は軍事的な物見櫓の性格を持っていましたが、唐代以降は文人が登って詩を詠む場となり、崔顥の「黄鶴楼」や李白の「黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る」が特に有名です。明・清の時代には破壊と再建が繰り返され、その回数については資料により説が分かれています。元の場所に建っていた最後の楼は1868年に建てられ、1884年に焼失しました。1957年に武漢長江大橋の橋脚が元の場所に建てられたため、1981年から約1キロメートル離れた蛇山の現在地で再建が始まり、1985年に完成しました。現在の楼は鉄筋コンクリート造の伝統様式建築で、外観は五層、内部は九層(「九」は皇帝の数を象徴します)、高さ51.4メートル、黄色の瑠璃瓦と鶴が翼を広げたような反り屋根を備えています。各階には伝説の壁画、歴史の記録、唐宋の詩人の像と詩文、現代の書画が展示され、最上階からは長江を遠くまで見渡せます。国家5A級観光地である黄鶴楼公園の中心となっています。辛氏の酒屋の壁に描かれた鶴が舞い、道士がその鶴に乗って去ったという民話も伝わっていますが、これも伝説です。
地元の習慣
一階ずつ登りながら壁画や詩文の展示を見学し、最上階の回廊から長江、武漢長江大橋、三鎮の景色を見渡せます。楼の外では、勝像宝塔(元末明初の建造で、園内に現存する最古の完全な単体建築)、岳飛像、鶴唳軒などもご覧いただけます。園内の茶室や伝統音楽の公演は当日の予定によります。
マナーとタブー
マナーとタブー
してはいけないこと DON'T
- 大声で騒がないこと
- 手すりにもたれないこと
- 展示品や壁画に触れないこと
- 展示品に向けてフラッシュを使わないこと(現地の表示に従う)
地元の人に喜ばれること DO
- 楼内の展示空間では静かにすること
- 階段が狭いため、混雑時は現地の一方通行や誘導に従うこと
旅の計画
実用情報
旅のヒント
- 現在の楼は1985年に蛇山に再建された伝統様式の建物で、元の場所から約1キロメートル離れており、千年前の建物そのものではない点にご留意ください。楼に登って園内を歩くとおよそ半日かかります。開館時間や入場料は公式発表に従ってください。武漢市中心部の武昌区にあり、地下鉄、バス、タクシーで黄鶴楼公園の入口まで行き、歩いて蛇山を登ります。車の場合は公園周辺の公共駐車場をご利用ください。具体的な路線は公式および市の交通情報をご確認ください。
- 一年を通じて訪れることができます。春と秋は気候がよく長江の眺めも比較的よいです。夏は暑さ対策を、冬は川風の冷たさと階段の滑りやすさにご注意ください。



