
殷墟
殷墟 · 中国・河南省安陽市殷都区
殷代後期の都・殷の遺跡で、甲骨文字がここで再び世に現れました。宮殿・宗廟の基壇、婦好墓、車馬坑、そして2024年に開館した殷墟博物館新館が、3000年以上前の殷王朝を身近に感じさせてくれます。
出かける前に · Know before you go
- 騒いだりふざけたりすること
- 露出した遺構や展示品に触れること
- フラッシュの使用
この記事は「未確認」です。料金・営業時間・日程は公式の発表をご確認ください。
物語と人物
物語と人物
史実
盗掘を免れた婦好墓
婦好墓は1976年の発掘時に完全な状態で、盗掘の被害を受けておらず、貴重な副葬品が大量に出土しました。墓の主の婦好は殷王武丁の妃であり、兵を率いる将軍でもありました。墓からは犬の骨6体と人骨16体も見つかっており、殷代の人身供犠の風習を示す物証となっています。
出典:ウィキペディア:殷墟
史実
盤庚遷都をめぐる二つの説
殷がいつ都を殷の地へ移したのかについては、古い書物の記述が分かれています。『尚書』盤庚篇と『竹書紀年』は殷王盤庚が殷に遷都したと記し、『史記』は盤庚が亳に遷都したとしています。二つの説は場所が一致せず、今も結論は出ていません。
出典:ウィキペディア:殷墟
伝説
紂王の姿
伝統的な史書は、殷最後の王・帝辛(紂王)を享楽にふける暴君として描き、やがて周の武王に討たれたと伝えています。これらの物語は後世の史書や文学で誇張が重ねられていますので、見学の際は文学上の人物像と考古学の証拠を分けて見るとよいでしょう。
出典:ウィキペディア:殷墟
文化
文化と習慣
文化的な背景
殷墟は河南省安陽市殷都区の洹河南岸一帯にあり、宮殿・宗廟の基壇、王陵区、婦好墓などの遺構が残っています。后母戊鼎などの大型青銅器もここから出土しました。2024年に開館した殷墟博物館新館では、約4000点の文物が展示されています。 殷は殷代後期の都で、紀元前1250年ごろから紀元前1046年まで、12代の王の都でした。甲骨文字は知られている中で最古の漢字の文字資料で、1899年に国子監祭酒の王懿栄が薬材「竜骨」に刻まれた線を古代の文字と見抜いたことで、殷墟は再び世に知られるようになりました。 1928年から1937年にかけて李済が初の学術発掘を指揮し、10万片を超える甲骨が出土しました。殷墟から出土した甲骨は累計で約15万片にのぼります。2006年、殷墟は世界遺産に登録されました。
地元の習慣
殷墟博物館新館で甲骨文字と青銅器の展示を見られます。宮殿・宗廟遺跡と王陵区で版築の基壇や車馬坑を見学できます。婦好墓の展示館では、王妃であり将軍でもあった婦好の生涯を知ることができます。甲骨文字の書き写しや文化体験も楽しめます。
マナーとタブー
マナーとタブー
してはいけないこと DON'T
- 騒いだりふざけたりすること
- 露出した遺構や展示品に触れること
- フラッシュの使用
- 人身供犠の遺構を面白半分に茶化すこと
地元の人に喜ばれること DO
- 遺跡と墓域では厳粛に見学すること
- 各展示室の撮影規則を守ること
- 祭祀坑や人身供犠の遺構は敬意をもって見ること
旅の計画
実用情報
旅のヒント
- 遺跡と博物館の入場券、開館時間は公式発表をご確認ください。遺跡は広いので、見学には半日ほど見込んでください。夏は日焼け対策を、雨の日は遺跡内の水たまりにご注意ください。
- 安陽市内から路線バスで殷墟景勝地へ行けます。遠方からは鉄道で安陽駅まで行き、市内交通に乗り換えてください。一年中見学でき、屋外の見学には春と秋が最適です。夏は暑さと雷雨にご注意ください。冬も屋内の展示館は通常どおり見学できます。
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