
都市ガイド · Oslo
オスロ
フィヨルドの海岸に沿って、中世の都市跡、アーケシュフース城、現代アート建築を結ぶ
オスロでは、ビョルヴィーカの海岸から出発してオペラハウスとムンク美術館を見たあと、海岸沿いにアーケシュフース城まで歩くことができます。ヴィーゲラン彫刻公園は別のアートルートで、市中心部とは時間を分けて組むのに向いています。 市内ではほかに、ムンク美術館、アーケシュフース城、市庁舎周辺も訪れる価値があります。旧ヴァイキング船博物館は現在改築のため閉館しており、ヴァイキング時代博物館は2027年末の開館を予定しています。今日チケットを買って見学できる場所として挙げることは決してできません。
歴史
街の成り立ち
オスロの都市集落は約1000年前の中世にさかのぼり、初期の町は現在のビョルヴィーカの南東、旧市街(ガムレビーエン)一帯にありました。アーケシュフース城は13世紀末から王の居所と防衛の役割を担いました。1624年の大火のあと、クリスチャン4世は湾の反対側、城の近くへ都市を移すよう命じ、新市街はクリスチャニアと呼ばれました。こうして旧市街と新市街は二つの異なる歴史空間となりました。19世紀の首都としての発展は、行政機関、街区、交通インフラの拡大をもたらしました。1925年に市はオスロの名を取り戻し、1948年には周辺のアーケルと合併して、今日の行政区域はさらに広がりました。21世紀の海岸再開発により、2008年に開館したオペラハウスや新しい博物館が現代のランドマークとなりました。現在、中世の遺跡から城へ、さらに海岸の文化施設へと歩けば、都市の移転、国家建設、パブリックアートを結びつけて理解できますが、現代の湾の景観でそれ以前の旧市街の歴史を代用することはできません。
- 紀元1000年頃オスロ周辺に町の集落が現れました。
- 1299年以降アーケシュフース城の歴史が始まりました。
- 1624年大火のあと都市がアーケシュフース近くへ移り、新市街はクリスチャニアと呼ばれました。
- 1925年市がオスロの名を取り戻しました。
- 1948年オスロが周辺のアーケルと合併しました。
- 2008年ビョルヴィーカのオペラハウスが開館しました。
- 2021年ムンク美術館の新館が海岸に開館しました。
物語
この街の物語
議会前に置かれるはずだった噴水
ヴィーゲランの噴水は、当初は国会議事堂前のエイツヴォル広場に置かれる計画でしたが、のちにフログネル公園へ移されました。1924年には噴水を迎える準備が整い、1932年に最終計画が発表されました。彫刻群は噴水を中心に広がり、今日では一人の芸術家による世界最大の彫刻公園と紹介されています。
14年をかけて刻まれたモノリス
モノリスは一枚岩の花崗岩から彫り出され、高さ14.12メートル、121体の人物像が刻まれています。ヴィーゲランは1924年に原型の制作を始め、1927年にハルデンの採石場から石が届きました。3人の石工が14年をかけてデザインを石に刻み、1944年のクリスマスに初めて一般公開されました。
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