趙州橋

趙州橋

赵州桥 · 中国・河北省石家荘市趙県

写真:Zhao 1974 · Public domain

趙州橋は安済橋・大石橋とも呼ばれ、隋代に築かれました。世界に現存する最古のオープンスパンドレル式石造アーチ橋で、中国に現存する最古の橋でもあり、1400年以上たった今も洨河に架かっています。

出かける前に · Know before you go

  • 欄干に登ることや石刻に刻みつけること
  • 川に物を投げ入れること
  • 橋の上で自転車に乗ったり、追いかけっこをしたりすること

この記事は「未確認」です。料金・営業時間・日程は公式の発表をご確認ください。

物語と人物

物語と人物

史実

梁思成による再発見

明代以降、趙州橋は一時、外の世界にほとんど知られなくなりました。1930年代、建築家の梁思成が河北で古建築を調査した際にこの橋を「再発見」し、詳しく実測して報告書と図面を発表したことで、隋代の石橋は再び世に注目されるようになりました。

出典:ウィキペディア:安済橋

伝説

橋を支えた魯班

趙州橋は、魯班が一夜で造り上げたと伝えられています。また、二人の仙人が同時に橋に上って強度を試したところ、橋が傾きかけたため、魯班が川に飛び込んで両手で橋を支え、石橋は無事だったという話もあります。橋面に残るロバの蹄の跡や轍も、この伝説にちなむものだといわれています。

出典:ウィキペディア:安済橋

文化

文化と習慣

文化的な背景

趙州橋は河北省石家荘市趙県の県城の南、洨河に架かり、石家荘市の中心部から約52キロメートルの距離にあります。隋代の工匠・李春の指揮で、595年に着工し605年に完成しました。それから1400年以上がたち、「河北四宝」の一つに数えられ、全国重点文物保護単位にも指定されています。 橋は単一の弧形石造アーチで、主径間37.37メートル、アーチの高さ7.3メートル、幅は約9メートルです。主アーチは28列の薄い石のアーチ環を並べて築かれ、鉄具でつながれています。アーチの肩の両端にはそれぞれ二つの小アーチが開けられており、橋の重量を軽くするとともに、洪水が橋を越える際には水を小アーチから流して橋への衝撃を和らげます。扁平な弧形アーチは、アーチ橋には半円アーチが必要だという常識を破るもので、趙県にある宋代の永通橋など後世の橋にも影響を与えました。 完成から約70年後、唐の官吏が橋に銘文を残し、李春の見事な石工と、洪水の勢いを和らげる両側四つの小アーチをたたえました。明代の文人は、その姿を「初月出雲、長虹飲澗」(雲間から現れる新月、谷川の水を飲む長い虹)と形容しています。橋は歴代たびたび修繕され、もとの石彫はすでに失われました。現在見られる欄干や親柱の多くは、1950年代の修繕で隋代の様式をまねて新たに彫られたものです。1991年、アメリカ土木学会は趙州橋を国際土木工学歴史遺産に認定しました。

地元の習慣

橋のたもとから緩やかな坂を上って橋面に立ち、身をかがめてアーチの肩の両端にある小アーチや欄干の石彫をじっくり見てみましょう。その後は橋の下の河岸から、一つのアーチが長い虹のように架かる全景を眺めます。時間に余裕があれば、趙県内の柏林禅寺と宋代の永通橋にも足を延ばし、二つの石造アーチ橋の違いを比べてみてください。

マナーとタブー

マナーとタブー

してはいけないこと DON'T

  • 欄干に登ることや石刻に刻みつけること
  • 川に物を投げ入れること
  • 橋の上で自転車に乗ったり、追いかけっこをしたりすること

地元の人に喜ばれること DO

  • 見学中の解説は小声で行うこと
  • 石彫を接写するときはフラッシュを直接当てないこと
  • ごみは持ち帰ること

旅の計画

実用情報

旅のヒント

  • 橋はそれほど大きくないため、見学は1時間ほどで十分です。橋面は石造の緩やかな坂で、雨の日は滑りやすいので滑りにくい靴を履いてください。開放時間や料金は公式発表をご確認ください。周辺は飲食店が少ないため、先に趙県の県城で食事を済ませておくと安心です。
  • 石家荘市の中心部から長距離バスか車で約1時間で趙県に着き、そこから路線バスかタクシーで橋まで行けます。車の場合は青銀高速道路の趙県出口で降ります。春と秋が最もよく、川辺の柳と田園の景色が橋を引き立てます。夏の雨の後は洨河が増水し、アーチの下を水が流れる様子が見られます。冬は訪れる人が少なく、石彫を落ち着いて眺めるのに向いています。

写真

写真

出典と確認についての説明

ウィキペディア:安済橋