
City guide · 南京 · 古称金陵
南京
六朝の雅と明の建国:鍾山、秦淮河、江南貢院
南京は中国四大古都の一つです。鍾山のふもとには明の太祖朱元璋の明孝陵があり、町の南の秦淮河のほとりには夫子廟と中国最大の科挙の試験場・江南貢院があります。プラタナスの並木が続く旧市街には、六朝の雅と近代の重い記憶の両方が残っています。
History
街の成り立ち
三国時代の呉がここに都を置き(229〜280年)、その後東晋と南朝の宋・斉・梁・陳が相次いでここを都とし、あわせて「六朝」と呼ばれます。1356年に朱元璋がここを攻略し、1368年に明を建国して、「南京」という名が正式に定まりました。1381年に明孝陵の造営が始まりました。永楽帝が北京に遷都した後も、南京は副都とされました。1034年にはすでにここに廟が建てられていた夫子廟の隣には、明・清代の江南貢院に2万を超える号舎があり、唐伯虎、鄭板橋、呉敬梓もここで試験を受けました。近代の南京は中華民国の首都でもあり、1937〜1938年には南京大虐殺に見舞われました。
- 229呉(三国)がここに都を置く
- 317–589東晋と南朝の諸王朝が相次いで都を置き、六朝と呼ばれる
- 1034夫子廟が創建される
- 1368朱元璋が明を建国し、南京と名づける
- 1381明孝陵着工
- 1937南京大虐殺
Stories
この街の物語
史実 · 南京・明孝陵
牛飼いの少年から建国の皇帝へ
朱元璋は1328年、濠州鍾離の貧しい農家に生まれました。元末の飢饉と疫病で両親を相次いで亡くし、寺の小僧となり、托鉢に出て人々の苦しみを目の当たりにしました。のちに反乱軍に加わり、1356年に南京を攻め落とし、1368年に明朝を建てました。1381年に鍾山で陵墓の造営を始め、1398年に亡くなると馬皇后とともにここに葬られました。これが明孝陵です。
People
南京ゆかりの人物
Local life
食と地元の暮らし
Before you go
南京で気をつけたいルール
中国:もめ事になっても手を出さない
- 口論になったらその場を離れ、必要なら警察に通報する
- 人と押し合ったり、けんかしたりする
どちらが先に手を出したかにかかわらず、けんかに加われば罰金や拘束の対象となることがあり、けがをした側は通常賠償を求めます。
確認済み 2026-10-19出典:GOV.UK:中国渡航情報
中国:パスポートの原本を携帯
- 外国人旅行者はパスポートの原本を携帯する
- パスポートのコピーや写真だけを持ち歩く
警察は抜き打ちで身分証を確認し、コピーは認めません。提示できないと罰金や拘束の対象となることがあります。
確認済み 2026-10-19出典:GOV.UK:中国渡航情報

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