1926年2月11日〜1999年7月1日
ロマン・トメトゥフル
Roman Tmetuchl · 帕劳
20世紀パラオの政治家・企業家、パラオが太平洋諸島信託統治領の他地域から離れて単独で自治を求める動きの主要推進者の一人
1956年からパラオ立法機構の議長の一人を務めました。1976年にパラオ政治的地位委員会委員長として国連へ請願を提出しました。1984年に無所属候補として大統領選挙に参加し、得票第2位(2,482票、31.22%)となりました。2006年5月にパラオ上院の決議により、パラオ国際空港がロマン・トメトゥフル国際空港に改名され、その貢献が顕彰されました。生没年は信頼できる公開伝記が見当たらず、未確定のため、本稿では生没年を記載しません。
人物と物語
生涯の足跡
活動地はコロール、アイライ(空港所在地、バベルダオブ島)です。
人物
文化的意義
パラオの「単独建国」路線の代表人物です。空港命名により、その名はパラオ入国観光客が最初に接する国家記憶の一つとなっています。
